近くにあるためよく間違われるのですが、妙見山の頂上付近にある能勢家祈願所である当山の境外仏堂「能勢妙見山」と、妙見山の中腹にある妙見宗本瀧寺とは全く別の団体です

 

當山の境外仏堂「能勢妙見山」は天平勝宝年中、行基菩薩が当時の為楽山(現在の妙見山)の山頂に大空寺を建てられたのがその始まりと言われています。のち、寛和二年に多田満仲公が鎮宅霊符神(妙見大菩薩の道教での名称)を祀られたとのいいつたえも残っています。

 

戦国時代に入ると当時の領主である能勢頼次が大空寺趾を居城としましたが、秀吉軍に攻め込まれて岡山へ逃げ延びます。その後、日蓮宗との縁で家康の小姓として武功を立てた頼次は無事旧領の復興を果たしました。

 

真如寺境外仏堂である「日蓮宗霊場 能勢妙見山」は、日蓮宗のお題目の功徳に感謝した頼次が能勢の地を一望できる大空寺趾に建てたお堂です。その堂内には頼次の外護を得た日乾上人手彫りの妙見大菩薩像が格護されております。

 

当山の開山でもある日乾上人は日蓮宗本山京都本満寺の貫首から日蓮宗の総本山である身延山久遠寺の第23世法主(ほっす)になられた方です。(詳しくは、當山の縁起を御覧下さい。)