暦のあれこれ

普段目にするけどイマイチよく解らない「暦(こよみ)」について、身近な例を元に分かりやすく紹介します。

 十干十二支を組み合わせた六十干支の中で、甲申(きのえさる)から癸巳(みずのとみ)までの十日間を十方暮(じっぽうくれ)といいます。

 この十日間は、五行(木火土金水)が例えば、水は火を消し、金は木を断つといった様に、一方の気が他方の気をやっつけてしまうという相克(そうこく)の関係が続く期間になっています。

 この期間は天地の気が同じく相克してしまい、和合せず暗雲立ち込め、

 十干十二支を組み合わせた六十日の中で、五行(木火土金水)が同じ気の比和(ひわ)という関係になる日があり、その中の八つの日が壬子(みずのえね)から癸亥(みずのとい)の十二日間に集中しています。この比和の集中する十二日間を暦では「八専」といいます。

 この八専は十干と十二支が同じ気である為、気が偏り易いとされ吉はますます吉に、凶はより凶になると考えられていました。しかし、その後

 暦の暦注には十干十二支をもとに吉凶を占う「選日」というものがあります。

 「三隣亡」や「一粒万倍日」といったものですが、皆さんも一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。これは、陰陽五行に当てはめられた十干と十二支の組み合わせにより、吉凶を判断するものです。主なものでは「八専」「天一天上」「十方暮」「不成就日」等があります。

 この「選日」の仕組みは、十干十二支の配

 前回記しました讖緯説では、辛酉の年には社会的事件が起こり易いとされていますが、特に六十年毎に来る辛酉の年の二十一回目、年数で言うと一二六〇年を単位として、歴史的な大事件、大革命が起きるとされています。

 聖徳太子はこの説に基づき斑鳩に宮殿を建てた六〇一年から一二六〇年さかのぼった紀元前六六〇年を、初代天皇である神武天皇の即位の年としたのでした。

 時は経ち明治六年

 暦では十干、十二支により吉凶の判断をする事がよく行なわれてきました。その吉凶判断の中に「讖緯説(しんいせつ)」というものがあります。

 讖緯説とは、古代中国の陰陽五行に基づいた、天変地異や吉凶を判断する一種の予言説です。それによれば十干十二支の組み合わせの中で、辛酉(かのととり)は大事件や革命が起こる年とされています。五行では辛は金属、酉も金属となり、武器と武器の衝突を連想