暦のあれこれ

普段目にするけどイマイチよく解らない「暦(こよみ)」について、身近な例を元に分かりやすく紹介します。

 明治の旧暦から新暦への改暦は明治五年十一月九日の告知から十二月三日の実施までわずか二十三日しかないという、かなり急な出来事でした。

 しかし、この性急な改暦には理由がありました。

 その理由とは財政上の問題でした。時の新政府は、発足したばかりで国庫にはまったく余裕がなかったのです。

 そんな時、明治六年は旧暦では閏月がある年でした。このま

 幕末から明治において欧米諸国と交渉をしていた日本にとり、欧米との暦の違いはやっかいな問題の一つでした。

 すでに明治当初から太陽暦採用の意見は多くあり、有識者による会議も行なわれ、政府は秘密裏に太陽暦改暦への準備を進めていました。

 そして明治五年十一月九日宮中にて突然改暦の詔書が発表され、来月、十二月三日を明治六年一月一日とすると布告されたのです。

 六世紀に本格的に中国から導入された所謂旧暦は、改良を加えられながら明治の太陽暦(新暦)への改暦まで約千二百年もの間使われてきました。

 江戸時代前期には「貞亨暦」といわれる初めて日本人が編纂した暦が作られ、以後江戸時代を通して、幕府によって統一された暦が全国に頒布されていきました。

 年々頒布数も増え続けた暦は、幕末には約四百五十万部も作られていたといいま

 旧暦では閏月が入った季節は長くなりその後の季節も例年よりずれ込みます。

 閏月による季節のずれが生じると、新暦で生活している私達には天候不順、異常気象のように映ってしまいます。実際世間で天候不順だと騒がれた年は、旧暦で閏月が入っていたという事がよくあります。

 また、旧暦で閏月が入る年は計算上解りますが、それを見ると二十世紀、二十一世紀では冬に閏月が入る事はほとんどあり

 前回、旧暦での閏月による季節の調整についてお話しましたが、まず旧暦の四季の分け方について説明します。

 旧暦では一~三月が春、四~六月が夏、七~九月が秋、十~十二月が冬となります。閏月がこれらの季節のどこかに入る事により、一年の気候は変動してしまいます。しかし、この変動が季節の調整となり日本の気候とほどよく合ってくるのです。

 例えば、旧暦の夏である四月に閏月が入ると、