暦のあれこれ

普段目にするけどイマイチよく解らない「暦(こよみ)」について、身近な例を元に分かりやすく紹介します。

 鎌倉時代初期に成立した「宇治拾遺物語」という書物に、当時の暦にまつわる話がのっています。 ある身分の低い女官が下級役人に暦の書写を依頼したところ、その役人がいたずらで、あらぬ事を書き連ねてしまいその女官が大変な目にあったというものです。

 それは選日の吉凶の決まり事の欄に、その日の禁止事項として出鱈目が書かれていたというもので、特にひどいのは「はこすべからず」と書かれていた事です

 今まで暦の選日による吉凶判断をみてきましたが、昔の人々は今の私達とは比べられない程、暦の吉凶判断を気にしていました。特に平安時代の貴族の生活は、暦に支配されていたといっても過言ではありませんでした。

 当時の貴族たちの日記等の記録をみてみると、朝一番でまず暦で吉凶を知り、その日は暦に書かれている様々な細かい約束事を守るなど、吉凶判断の通り行動しなければならないとされていました。…

 二十八宿は元々古代中国で発展した東洋占星術のひとつで天球の黄道上にある二十八の星座を使って吉凶判断をするものです。発掘された高松塚古墳の天井にも二十八宿の図が描かれており、目にされた方もおられるでしょう。

 この二十八宿ですが、日蓮宗の暦では一つ少ない二十七宿になっています。それは二十八宿が中国からインドに伝わった時、インドでは牛は神聖視されていたため、二十八宿の一つ牛宿が日の配

 七曜とは、月火水木金土日(太陽)の七つの星のことで、今では一週間の曜日の名前となっていますが、旧暦では吉凶判断に用いられていました。

 その起源は古く、古代ユダヤや古代バビロニアなどから発展していった占星術です。それがインド、そしてシルクロードから中国に伝わり「宿曜経」という経典に訳され、それを弘法大師空海が日本に伝えたのです。

 これは当時平安貴族にとても人気が

 十二直は暦の吉凶判断の一つで、建(たつ)除(のぞく)満(みつ)平(たいら)定(さだん)執(とる)破(やぶる)危(あやぶ)成(なる)納(おさん)開(ひらく)閉(とづ)の十二種類が順繰りに日に配当されるものです。暦の中段に記載されている為、「中段の暦」とも呼ばれ、昔は吉凶を見るのに最も重要視されていました。

 十二直の直の字に、「あたる」という意味があることからもよくあたる暦注とされ