暦に縛られなかった有名な戦国大名といえば豊臣秀吉もその一人です。

 多くの合戦に勝利した秀吉は、暦をうまく扱っていたようです。

 天正十年(一五八二)本能寺の変で織田信長が倒され、姫路から京都までわずか五日間で行軍したとされる「中国大返し」の時の事です。

 軍師が姫路城から出陣する日は二度と帰ってこられない悪日だから止めるべきだと進言すると、秀吉は「私は主君信長公の為に討ち死にする覚悟であり、この城には二度と帰ってこない。また、私が勝利すれば何処にでも城を構える事が出来るからここに帰ってくる必要も無い。この悪日は私には吉日である」と答えたそうです。悪日を吉日として士気を高めた秀吉。暦をうまく利用した演出が天下人への第一歩だったのです。