眠れぬほど面白い小説がある。それは、夢枕獏氏の『沙門空海、唐の国にて鬼と宴す』という小説で、平安初期に密教を極めるために入唐していた空海が、唐の都長安に蔓延る悪霊を次々に退治していくという物語である。空海とは本当にこの物語に描かれているような人物だったのではないか、と思わせてしまう程の傑作だ。ちなみにこの小説は『空海~美しき王妃の謎~』というタイトルで映画化され、先月末から全国公開されている。

 さて、空海と日蓮聖人には意外な共通点があったのをご存知だろうか。実はお二方とも修行時代に虚空蔵菩薩という智慧を司る菩薩を本尊として行う虚空蔵求聞持法という秘法を修したと伝えられているのだ。この秘法は虚空蔵菩薩の真言を百日で百万回唱えることができればありとあらゆる経典を暗記できる記憶力を得ることができるといわれている。

 『佐渡御勘気抄』に「本より学文し候し事は仏教をきはめて仏になり、恩ある人をもたすけんと思ふ。仏になる道は、必ず身命をすつるほどの事ありてこそ仏にはなり候らめと、をしはからる」とある。日蓮聖人は全ての恩ある人々の幸せを願って生涯を仏道修行に捧げられたのである。

 この様に修行とは自分を痛めつけるものではなく、自分を含め世の人々の幸福のために行うものである。だからこそ、聖人は求聞持法の様な想像を絶する荒修行ですら、それを苦行とは感じておられなかったのかもしれない。

 論語に「之を知る者は、之を好む者に如かず。之を好む者は、之を楽しむ者に如かず」とある。あることを知っている人は知識はあるけれど、それを好きな人にはかなわない。更にその人もそれを楽しんでいる人にはかなわないという意味である。人間誰しも得手不得手がある。気乗りしないことでも、どう楽しんでやろうか、と思考を変換すれば、モチベーションも上がり、自身の幸せに繋がるのではないだろうか。