山のたより

能勢家文書

「信友」の「山のお便り」欄の記事を掲載しております。

 人は一人では生きられず、いろいろな方のお世話になってなんとか生きている。

 もっとミクロの視点で観ると身体の内部でも腸内細菌のおかげで人間だけでは採れない栄養を摂取できているのだとか。

 草や木ですら、根に付く菌によって、自分で生成できない栄養をお互い与え合って生きているという。子細に見てみると、世の中は無駄な物など何一つないのかもしれない。

 私たちが信仰する

 八月といえばお盆。お盆というと、ご先祖様が帰ってくる日というイメージが強いが、元々は「盂蘭盆(うらぼん)」といい梵語のウランバーナ(逆さづりの苦しみ)の音写と言われる。

 苦しみとは餓鬼道の苦しみのこと。その昔お釈迦様の十大弟子の一人である木蓮尊者の亡き母が餓鬼道に落ちて苦しんでおり、お釈迦様の助言で全ての餓鬼に供養する法要を行い救われた故事に由来する。

 お盆に

 AI(人工知能)の発達はめざましい。某会社ではメールやチャットでの問合せの四割をAIが対応するという。また別の会社では顧客対応結果から苦情を抜き出す作業をAIにさせることで、人の作業は以前の一割程度ですむようになったそうだ。

 これをAIが人の仕事を取ると考えるか、人手不足を解消すると見るか。

 諸行無常の世の中、頭だけで物事の是非を論じていてもきりがない。まずは

 6月に入ると学校など一斉に衣替えが行われ、なんだか一気に夏がやってきたような、爽やかな気分になる。

 身延山久遠寺を始めお寺では日蓮聖人のお衣を替える御更衣式を執り行うお寺もある。また、衣だけでなく襖を御簾に替えたり、暑さとは直接関係ない調度品も涼しげな物にしたり。この時期は蒸し暑い日本の夏を乗り切るための昔の人の工夫が随所に見られる。

 厳しい夏に備えてエアコンを掃除するのも

 最近は妙見山のような山奥にも外国人旅行者の姿を見ることが増えてきた。

 お互いの時間があるときならカタコトの英語で仏教の説明をすることもあり、興味をもってくださるかたも多い。書物を読むよりもとっかかり易いのかもしれない。

 また最近は、インターネットで世界中の会ったこともない人にも発信できる。何かを伝える手段が飛躍的に広がった気がする。

 伝える事も大切な仏道修