山のたより

能勢家文書

「信友」の「山のお便り」欄の記事を掲載しております。

 山が色づく季節が巡ってきた。整えられた庭の紅葉も良いが、里山の色とりどりの美しさも捨てがたい。

 ところで、里山は自然にできたものではなく、人間が炭や薪を採るために人工的に作った森だ。人工的と聞くと自然の対極にあるようだが、意外な事に自然の森より多くの生き物が住んでいる。人が手を入れることで、より多くの生き物が共生できているのだ。

 仏教は人の価値は生まれではなく、何を為したか

 現代人の悩みはつきない。今日のランチに職場の人間関係、果ては不安定な世界情勢等々。悩んでもどうしようもないことも多いのに、いろんな情報に踊らされ悶々と悩んでしまう。

 そんな悩みにお釈迦様は自分ができる部分に集中するのが大切だとおっしゃっている。苦の原因は、自分の思い通りにいかないことだ。悩みの原因を自分のできる事とどうにもならない事に分け、前者に集中する。

 限

 人は一人では生きられず、いろいろな方のお世話になってなんとか生きている。

 もっとミクロの視点で観ると身体の内部でも腸内細菌のおかげで人間だけでは採れない栄養を摂取できているのだとか。

 草や木ですら、根に付く菌によって、自分で生成できない栄養をお互い与え合って生きているという。子細に見てみると、世の中は無駄な物など何一つないのかもしれない。

 私たちが信仰する

 八月といえばお盆。お盆というと、ご先祖様が帰ってくる日というイメージが強いが、元々は「盂蘭盆(うらぼん)」といい梵語のウランバーナ(逆さづりの苦しみ)の音写と言われる。

 苦しみとは餓鬼道の苦しみのこと。その昔お釈迦様の十大弟子の一人である木蓮尊者の亡き母が餓鬼道に落ちて苦しんでおり、お釈迦様の助言で全ての餓鬼に供養する法要を行い救われた故事に由来する。

 お盆に

 AI(人工知能)の発達はめざましい。某会社ではメールやチャットでの問合せの四割をAIが対応するという。また別の会社では顧客対応結果から苦情を抜き出す作業をAIにさせることで、人の作業は以前の一割程度ですむようになったそうだ。

 これをAIが人の仕事を取ると考えるか、人手不足を解消すると見るか。

 諸行無常の世の中、頭だけで物事の是非を論じていてもきりがない。まずは