「無上甚深、微妙の法は百千万劫にも遭いたてまつること難し…」

私たちが朝夕の「おつとめ」をするとき、まずお唱えする『開経偈』の冒頭である。

私が身延山短大に入学して、本山で修行を始めて三年目を迎えたある日のことである。知り合いの老僧に法事の手伝いを依頼され、その法事に役僧として出仕した。

無難に法事を済ませ控室も戻ったとき、老僧に「もう一度、開経偈を唱えてみて」と

それは突然やってきた。私の日課である筋トレ中のことだ。腰が「ピキッ」という音を立て、激痛が走った。ギックリ腰である。

正式名称「急性腰痛症」欧米ではその激しい痛みから「魔女の一撃」と呼ばれているそうだ。発症後すぐは意外と歩ける人が多く、その後48時間ほどで痛みの原因である炎症物質が拡大し、激痛を感じるようになる。

私も動けなくなる程の痛みではなかったので、すぐに病院に行くことは出

この良医病子喩というのは法華経『如来壽量品第十六』に説かれる比喩です。

この比喩は今までご紹介した比喩の中でも、最も素朴でわかりやすいとお感じになる方も多いと思います。

ですが、この喩えには実にたくさんの示唆が秘められているのです。なので、今回はいつもより回数を割いて詳しくみていくことにしましょう。

この比喩の中の良医は釈尊、中毒に掛かってしまった子供達は我々凡夫

落ち葉の季節。掃いても掃いてもキリがない毎日です。木が葉を落とすのは、気温の低下とともに葉の生理活動が衰え幹と枝だけで過ごすほうが木にとって都合がいいからだそうです。

ところが落葉にはもっと大事な役割もあります。

生物はみな体内の不要物を排泄しなくてはならないのですが、植物にとって落葉がそれにあたり、不要物は葉の中に溜めて、年に一回落ち葉として排泄しているというので