昨年十一月一日より開設された寒壱百日の大荒行堂も、折り返し地点を越えた。百日というと長いと感じるか短いと思うか。四度目の修行中の副住職はどう感じていることか。

百日間といっても、一日一日、一瞬一瞬の積み重ねである。今という時間は再び戻ってくることはない。たとえば同じ日の出でも、「初日の出」となると特別感がある。しかし二日目の日の出もまたその日限りのものだ。

一年を通

この喩えは、先の三車火宅の喩えを受けた高弟達が、自分達の理解をお釈迦様に告白するという形をとっています。つまり高弟達が語り手になっているのです。

この喩え話では長者をお釈迦様、財産を仏の無限の智慧、息子を我々凡夫に喩えています。高弟達は仏の教えを聞いてその内容を理解していましたが、それは自分とは無縁のものだと考え、自分を卑下していました(智慧の管理人)。

しかし長者

新春を迎えてご挨拶申し上げます。本年も何卒よろしくお願い申しあげます。

昨年は地震、豪雨、台風と災害が続いた年でした。雨もほどよく降らないと困りますが、降りすぎても大変です。極端から極端へと激しく変化したのが昨年…

先日、『奇蹟がくれた数式』と題する、三十二歳で夭折したインド人の天才数学者ラマヌジャン(一八八七~一九二〇)の伝記映画を観た。

ラマヌジャンは、貧しいバラモンの家に生まれながらも、独学で数学を学び、その成果をケンブリッジ大学の数学者ハーディに書簡で送った。ハーディはラマヌジャンの天才的才能を直観的に見抜き、彼をケンブリッジ大学へ招聘する。このハーディとの出会いが、人種差別や第一…