これまで法華経が成立した背景について概観し、法華七喩について解説してきました。この法華七喩は、一仏乗(この世の全ての生物は悟りの境地に至ることができる)の教えを一般の人々にわかりやすく説くための譬え話でした。

法華経では、日常の仕事があり修行だけに身を投じることが難しい在家者であっても、永遠の真理としての釈尊を信仰することで、悟りに至ることができると説かれています。

私たちは環境に左右される所が大きい。

雄大で美しい山の景色に触れれば、日常の細々したストレスなど吹っ飛んでしまう。

逆に、ゴミの散乱する部屋では気持ちも落ち着かない。掃除は環境を整えるとともに、自身の心を浄化する行為でもある。

特に、仏前を清めることは即修行となり功徳を積むことでもある。

身の回りを清掃することにより、自身の心も清浄な仏の心に近づいて行くのだ。 KJ

一年を通じて、いちばん日の長い日が「夏至」、短いのが「冬至」。そして、昼と夜が同じなのが、「春分」と「秋分」である。

この春分の日は、国民の祝日に関する法律に「自然をたたえ、生物をいつくしむ」日であると定めらている。

ちょうど春分の頃に今年の豊作を祈る太陽神信仰が起源となっているようだ。太陽は万物を生み育むありがたい恵み、日天子(にってんじ)である。その日天子様に今年の豊作を祈る

「如説修行」は勧持品・随喜品・神力品・陀羅尼品勧発品などに説かれているが表題のように訳されている。では、説の如くとはどのようなものなのかといえば、受持・読・誦・解説・書写の五種法師と呼ばれるものだ。

功徳の多さでいえば「法蓮抄」を解釈すると順序に従う通りであり、受持が最多であるといえる。

受持とは受と持に分けられる。受とは受けること、信心を始めることとなる。