お釈迦様の信者には様々な人がいます。その中の一人に維摩(ゆいま)という人がいました。彼はお釈迦様の教えの究極を悟っていました。その維摩が病気になった時、お釈迦様は弟子たちに彼の見舞に行って欲しいと言われたのです。

 まずは智恵第一といわれたシャリホツでした。すると彼は「とんでもございません。いくらお師匠様のご指示でもその役目だけはご勘弁を」と断りました。その理由を尋ねると、

 この三車火宅の喩は舎利弗に請われてお釈迦様がお説きになった喩え話です。資産家はお釈迦様、火事になった邸宅は欲が渦巻く現実世界、遊びに夢中になっている子供たちは我々凡夫、三つの玩具の車は羊と鹿が自己の覚りのみを求める小乗の教え、牛が菩薩の在り方を求める大乗の教え、本物の牛の車が法華経のことを示しています。

 この話を現代的に読み解けば、玩具の車は若者が好みそうなオートバイでしょう。

 この冬、四度目の加行所に入行する。

 加行所は一般には大荒行堂として知られるが、日蓮聖人から帝都弘通を委嘱された日像上人が寒壱百日の間、由比ヶ浜で行を積んだのが始まりという。

 現在の荒行も、日に七度の水行で身を清め朝夕二度の白粥のみで命を繋ぎながら、ただひたすらにお経を読むという厳しい修行だ。

 四度目といえど緊張感は初めの時と変わらない。どころか、むしろ増し