物持ちが良いね、と言われる。確かに、サイズがあう曾祖父の道服を繕って着ていることも多い。また、納屋の奥から出てきた古いカンナやキッチンの奥深くから発掘した包丁をピカピカになるまで研ぎ直して使ってみたり、錆びだらけの鉄のフライパンを丸一日かけてヤスリで磨いたりと、半分趣味で古い道具を復活させるのを楽しんでいる。

 

 先日なども、祖父のタンスの奥深く

 我が家の庭には大きな睡蓮鉢がある。

 長らく放置され、夏にはボウフラの温床となっていたので金魚を飼い、睡蓮を浮かべることにした。金魚が隠れる住処として、これまた庭の片隅に転がっていたオオシャコ貝を沈めた。

 

 この貝。三十センチは優に超す大物。地球上最大の貝といわれ、南太平洋やインド洋の暖かい海に生息するのだが、なぜ家の庭にあるのか、祖母に聞い

 この髻中明珠の喩えは『安楽行品第十四』に説かれる喩えです。この喩えに登場する転輪王は釈尊を指し、悪魔は仏道修行を妨げようとする煩悩を表しています。魔とは、善心が、とにかく悪心に負けそうになる私達の心の脆さの代名詞です。仏教では人間の心の正反対の二重性を魔と呼びます。私達人間は、「悪をなせば、結果的に苦になる」と百も承知

しながらも誘惑に負けてしまうので、凡夫といわれるのです

 昔の鉄のフライパンが台所の奥から出てきたので使ってみた。

 スーパーでよく見るテフロン加工のフライパンと違い、鉄のは十分に熱してからでないと焦げ付くし、テフロン加工のは熱すぎると加工が取れる。見た目も用途も同じフライパンなのだが使い方を知らないと本来の性能が発揮できない。

 

 仏教に「使い方」というのがあるかどうかはともかく、仏様は相手にあわせ