当たり前のことが当たり前ではない、ということを経験した一年でした。

他府県への外出自粛を言われ、兵庫県と大阪府にまたがる妙見山の山門をどう越えればいいのか? 思わず苦笑したこともありました。

今まで通りにはできない。となると、どうすればいいのかと考えざるを得ません。

これは大変な労力を要します。

でも単純な日々の繰り返しではなく検討し確認しながら新

アメリカの作家オー・ヘンリーが夫婦愛を綴った

『賢者の贈り物』という小説があります。

ある町に決して豊かではないけれど仲睦まじい若い夫婦がいました。

主人は工場で朝から晩まで一生懸命に働いています。妻は家庭を守ってくれていました。

クリスマスが近づいた時のことです。

主人は結婚して以来なかなか妻にプレゼントを贈れていない、今年こそ何か贈ってやりた

お経は難しいものだと思われがちである。たしかに漢文で書かれており、それこそチンプンカンプンだ。

たとえば自我偈。長い法華経の中で、最もよく読まれるお経文だが、その中に「一心欲見仏」という文言がある。

訓訳して「一心に仏を見たてまつらんと欲して」と読まれているが、どのようなことを示しているのだろうか。

一心とは心を一つの事に集中すること。つまり、ただひたすら仏の姿を

根本分裂が起こって以後の仏教を部派仏教と呼びますが、その頃の仏教はあくまで個人の悟りを主な目的としていました。

しかし、大衆をターゲットにしたヒンドゥー教のわかりやすい教えが広まっていく現状に対して、仏教教団から次の様な思想を主張する僧侶が現れました。

「自分一人だけが救われればいい、という考えは小さな乗り物に一人だけ乗って、自分だけが幸福になるようなものだ。