「この紋所が目に入らぬか。ここにおわす方をどなたと心得る」

ご存知水戸黄門の決め台詞です。

その黄門様のお婆様は身延七面山の女人禁制を解かれた養珠院お万の方でお母様はやはり法華経の大信者であられた久昌院久子様です。

そのようなご縁で黄門様も法華経へのご信仰が有り、お母様が亡くなられた後、その菩提を弔う為に水戸に久昌寺というお寺を建てられ現在日蓮宗の本山として栄えています。

また新しい一年が始まりました。昨年は、お経を沢山読むことを目標にしました。法華経は八巻二十八品であり、六万九千余りの文字数です。

日蓮宗はかつて他の宗派から読経宗といわれる程に、お経を読む事を重んじました。

普段はつい読み慣れた部分ばかりをスラスラと読んでしまいますが、八巻すべてを読みますと言い回し、発音の難しいポイントがあったり、経典の圧倒的な長さと多さに嫌気がさすことも正直あ

大乗仏教の利他行を実践するためには、難しい理論ではなく、実践的な方法が求められます。

釈尊は、救いを求める人々の理解力や苦悩の現実に即して、その人にとって最も的確な助言を行いました。

この様な実践的な救済の方法を大乗仏教では「方便」といいます。方便とは、手段、手立てといった意味です。

大乗仏教では釈尊の知恵=般若を菩薩にとっての母、それに対して方便を菩薩の父とみな

今年の初日の出は、素晴らしかったです。

晴れ渡った東天から顔を出した旭日が、年末の残り雪を金色に染め上げ、暫し寒さを忘れて掌を合わせました。

翌日も日の出を拝むことが出来ましたが、元日ほどの感激はありませんでした。初日の出ということに意義があったのです。

ボージョレヌーボにしても初鰹にしても、初ものということに価値を認めているものは多々あります。