法華経茶話

法華経ってなんだろう。仏教のなかでも日蓮宗でよく聞く法華経とは。成立の過程や簡単な内容にふれながら法華経にまつわるいろいろなお話しです。

さて「五蘊」や「十二支縁起」等、日常用語ではない言葉ばかりで混乱してしまったかもしれません。

でも安心してください。釈尊の言いたかったことは、たった一言に集約することができるのです。

それが「七仏通戒偈」という教えです。諸悪膜作(悪いことをしない)衆善奉行(善いことをする)自浄其意(自分の心を清らかにする)是諸仏教(これこそが諸仏の教えである)という意味です。

 

最後に「名色」です。この言葉は「名」と「色」に分けて説明します。

まず「名」は名称のことで、つまり概念化された状態を指します。精神的なものと考えることもできます。

「色」は形あるもの、肉体的なもの、物質を指します。

この概念を「六根」に当てはめて考えてみると、眼耳鼻舌身が「色」に当たり、意が「名」に当たります。

前号で説明した「識」

続いては「識」についてです。

十二縁起の「識」も五蘊の「識」と同義であり、感受したものに対してそれを認識し、区別する作用を指します。

わかりやすく説明しますね。若い方であればライン※で自分の感情をストレートに相手に伝えたい時、スタンプを使うこともあると思います。

でもよく考えてみてください。何故私達はそのスタンプを見て、送り主は喜んでいると認識することができるのでしょうか?

さて今回からは日常の感覚では感知できない無意識の領域についてみていきましょう。

「無明」は、今までも説明した様に、四聖諦の理解がない状態を指す言葉であり、苦の根源です。

「行」は、五蘊(ごうん)の「行」と同じで、身体で感受して心で思ったことに対して、無意識で何かを作りだそうとする作用のことです。

わかりにくいと思うので例を挙げて説明しますね。

例え

「有」で現れた業(カルマ)が元となって新たな業が現れます。

これが「生」です。

例えば、①嫌味を言われる(感受して不快に思う「受」)②腹が立つ(三毒の怒りの煩悩が湧き出る「愛」)③頭に血が上る(身体が反応する「有」)④言い返す(言葉となり行動がうまれる「生」)といった流れです。

そしてこの縁起の一連の流れで強くなった煩悩が弱まり、「苦」の根本である「無明」へと繋がっていきます。