能勢家文書の修復後の説明この度、當山が格護している、能勢家文書が大阪府指定有形文化財に指定されました。


能勢家文書は三十数通の古文書が巻子本に仕立てられたもので二巻からなります。そのうち一巻は鎌倉幕府・室町幕府から能勢氏に宛てられた下文(くだしぶみ=命令書)の八通が収められており、最も古いものは寛喜三(一二三一)年十月十八日ものです。他の一巻は近畿地方を舞台に活躍した戦国大名からの書状で、度々の戦いに能勢氏が参戦した有様をうかがうことができる貴重な資料となっています。江戸幕府が作成した写しは以前から存在を知られていましたが、平成四年にその原本が當山で発見され、それらの文書群は能勢町の重要文化財にも指定されています。

 


 

「能勢家文書」大阪府指定有形文化財に
指定されたことに寄せて


平成23年1月14日
能勢妙見山真如寺住職 植田観樹
大阪府豊能郡能勢町地黄606


真如寺は多田満仲を鼻祖とする能勢家第23代能勢頼次公により、慶長5年(1600)関ヶ原の戦いの後に開かれた日蓮宗寺院です。能勢家に多田満仲以来伝わる妙見大菩薩をこの時法華勧請し、能勢家の領地が一望できる高峰に祀ったのが能勢妙見山です。

能勢家文書(全2巻)はそれより古く、ざっと780年前から近世に至るまでの文書が収められており、幾度かの戦乱を経ながらも能勢家に代々伝えられてきましたが、昭和48年能勢家35代当主頼定氏から能勢妙見山真如寺に寄贈されました。

能勢家の古文書群が存在することは、写本が『能勢町史』に掲載されるなど、広く知られるところでしたが、その原本は永く秘蔵されており、衆人の眼に触れる機会はありませんでした。平成4年夏に至って専門家の目に触れる機会を得、立正大学教授(当時)中尾堯博士により、原本の歴史的価値が改めて認められました。

能勢妙見山真如寺としては、開基能勢家の顕彰という立場から、そしてまた貴重な史料を散逸することなく永く後世に伝えるためにも、公の文化財の指定を受けることを切望するものでありましたが、平成15年8月22日能勢町指定有形文化財の指定をようやく受けるに至った次第です。

このたび、大阪府文化財保護審議会の審議を受け、大阪府指定有形文化財に指定される運びとなりましたことは、如上の経緯から誠に喜ばしい限りであります。これを契機として、広く能勢家文書の存在を知っていただき、能勢家の人々が活躍した時代の流れ、そして彼らが生命をかけて織りなした歴史の重みに触れ、味わい、さらに今に生きる私たちの生命に思いを向けてもらえることを願い祈る次第です。とともに、能勢妙見山真如寺の依って立つ縁(えにし)を、更に後世に伝えていく責務を改めて心に している次第です。