釈尊の入滅後、弟子たちはそれぞれに教えを研究しその教義の部派を形成し、お互いに論争しながら教団をつくっていました。

当時の教団は長老クラスのグループ(上座部)と若者のグループ(大衆部)に分かれていました。

ある時、この二つが分裂する事件が起きます。

教団が二つに割れてしまったので、根本分裂と呼びます。

その最大の原因は「一般の信者からお金をもらうべきか否か」の論争にありました。

原始仏教では無一文で修行をするのが基本ですが、それでも食事だけは必要なので僧侶は托鉢を行っていました。

その際に、浄財を寄付する信者もいました。

浄財であるから僧侶は受け取りを拒否できなかったのです。

浄財には税金もかかりません。

こうして教団にはだんだんお金が貯まっていきました。