法華経茶話

法華経ってなんだろう。仏教のなかでも日蓮宗でよく聞く法華経とは。成立の過程や簡単な内容にふれながら法華経にまつわるいろいろなお話しです。

 続いて「良医病子喩」についてみていきましょう。

 どんな難病も治す名医がいました。その一方彼は多くの子を持つ父親でもありました。ある日、父が旅行に行っている時に、子供達が中毒を発症し、病み苦しむという不幸が起きます。慌てて邸宅に戻ると、子供達は苦しみながらも喜んで

父を迎え「早くこの苦しみを治してください」と懇願します。父は早速、子供達が飲みたくなるように見た目も綺麗で良

 この髻中明珠の喩えは『安楽行品第十四』に説かれる喩えです。この喩えに登場する転輪王は釈尊を指し、悪魔は仏道修行を妨げようとする煩悩を表しています。魔とは、善心が、とにかく悪心に負けそうになる私達の心の脆さの代名詞です。仏教では人間の心の正反対の二重性を魔と呼びます。私達人間は、「悪をなせば、結果的に苦になる」と百も承知

しながらも誘惑に負けてしまうので、凡夫といわれるのです

 大国の王である転輪王は小国を平定するため討伐に出向きそこで戦功をあげた部下にそれぞれの手柄に応じて様々な褒美を与えました。しかし転輪王は自分の髻の中の宝珠だけは決して与えませんでした。何故なら、この宝珠は王位を象徴するものだからです。

 如来の場合もこれと同じです。如来は真理を獲得した全

世界の王ですが、多くの魔王(煩悩)は如来に服従しません。そこで修行者達

 宝とは「仏性」、親友は「お釈迦様」貧乏人は私達「凡夫」です。このお話では、全ての人に仏性が備わっているということに「気づく」ことの大切さを教えています。

 「仏性」は気づかないと輝かないのです。ほどんどの人が、自分に仏性があることなど関心がないでしょう。仏性に気づき、法華経の心をもってその宝を磨くことは、何よりの幸せにつながっていくということです。

 ただ間違えて

 続いて衣裏繋珠喩をみていきます。

 ある人が大変裕福な親友の家に遊びに行きました。その人はいつしか酔いつぶれ、眠ってしまいました。そのうち友達は出かけなくていけない時間になりましたが、その人と今度はいつ会えるかわからないので、友達は酔って眠っているその人の着物の

裏に、とても高価な宝珠をそっと縫い込んで出ていきました。やがてその人は眠りから覚め、あちこちの国を仕事を求めて