この喩えは、先の三車火宅の喩えを受けた高弟達が、自分達の理解をお釈迦様に告白するという形をとっています。つまり高弟達が語り手になっているのです。

この喩え話では長者をお釈迦様、財産を仏の無限の智慧、息子を我々凡夫に喩えています。高弟達は仏の教えを聞いてその内容を理解していましたが、それは自分とは無縁のものだと考え、自分を卑下していました(智慧の管理人)。

しかし長者の言葉により、息子は財産の管理人から相続人に転じます。それと同様に高弟達も仏の智慧の管理人から相続人へと転じたのです。つまり高弟達はお釈迦様の、仏の智慧は悉くあなた達のものになるという言葉で、自分達には元々仏になるための資質が備わっていたのだと理解できました、とお釈迦様に告白したのです。