この三草二木の喩えでは、お釈迦様がご自身の説法を、大小さまざまな草木に降り注ぐ雨に喩えて語られております。草木は我々衆生を指しておりますが、その草木へ均等に雨が降り注いだとしても、草木の全てが同じ高さに成長するわけではありません。

お釈迦様の教えは「一味の法」と言われ、海水の辛さが同じ一つの味であるように、常に平等に説かれ、少しの差別もありません。

しかし、教えは平等でも、それを聞く衆生の側は、自分に相応した力で受け止めるので、理解の程度は皆同じではありません。人の能力はそれぞれ異なり、環境も違いますが、大切なのはお釈迦様の教えによって、個人差はそのままに、皆が等しく悟りを得ることができるということを読みとることなのです。