この髻中明珠の喩えは『安楽行品第十四』に説かれる喩えです。この喩えに登場する転輪王は釈尊を指し、悪魔は仏道修行を妨げようとする煩悩を表しています。魔とは、善心が、とにかく悪心に負けそうになる私達の心の脆さの代名詞です。仏教では人間の心の正反対の二重性を魔と呼びます。私達人間は、「悪をなせば、結果的に苦になる」と百も承知

しながらも誘惑に負けてしまうので、凡夫といわれるのです。

 この悪を行えば必ず苦しまなければならないという因果関係をよく弁え、悪を行わないのが仏の智慧です。仏とは全知全能の存在ではなく、人間の中にある仏性を自覚したものを仏と呼びます。だからこそ、仏といえども、我々と同じく仏性もあれば、魔性も具えているのです。