第二に、この比喩には二人の釈尊が登場します。それは、良薬を病児たちに残したまま旅に出て、その旅先から「死んだ」と報ずる良医の父の釈尊と、子ども達が全快したのを知って帰国する良医の父の釈尊です。後者の釈尊は前者とは実は別次元の釈尊である、ということです。

つまりこの喩えは、肉体を持ち歴史上に実在し、有限の生命を持った人間・釈尊と、肉体を持たずに、歴史を超越した永遠の真理(法)の象徴としての釈尊がいることを示唆しているのです。

言い換えますと、生身の釈尊への信仰から、真理を身とする高次元の釈尊に対する信仰へと転身せよ、という教えがこの喩えには語られているのです。大乗仏教では歴史上の釈尊を「事の釈尊」、その事の釈尊が悟られた法を「理の釈尊」と呼びます。