法華経茶話のⅠ部でも説明しましたが、大乗仏教の教えを実践する者のことを菩薩と呼びます。

菩薩は釈尊と同じ悟りを得るために修行をし、また、釈尊と同じように慈悲の心で一般の人々に安楽をもたらすことを目指します。

この内、悟りを得るために修行することを自利行、それに対して、一般の人々に安楽をもたらす修行を利他行と呼びます。

小乗仏教は自利行のみで利他行がありません。大乗仏教はこの点を激しく批判し、他人に奉仕する利他行を強調しました。

釈尊ですら利他行に努めた結果、悟りを得たのであるから、利他行に励むことで、自利行も完成されると考えたのです。

そして利他行は全ての生きとしけるものを救おうとする理想となりました。