様々な欲望が執着を生み、苦を引き起こすと考えられるので、この欲望を制御することが、仏教の実践的なテーマとなります。

仏教では、欲望の背後には、喉の渇いた者が激しく水を求めるような衝動があると考えました。それを「渇愛」といいます。

渇愛には三つの種類があります。

①欲愛(日常生活での物事への欲求)

②有愛(生存に対する欲求。この世でも来世でも良い生を送ろうとする欲求)

③無有愛(生存に対して意義を見出さず、敢えて生存を絶とうとする欲求)

です。

このような渇愛は、釈尊の教える真理を知らない状態であり、その教えを知らないことが迷いと苦の原因であると考えられるようになりました。

このような無知を「無明」といいます。