「いただきます」
食べ物を前にしてそう言えるとき、とても幸せなひとときです。
一日の仕事を終えて、家族そろって食卓を囲む時の楽しさはまた格別なものがあります。

 でも、その食事を準備するというのは中々大変なことです。
今夜の食事は何にしようかと、冷蔵庫の中を思い浮かべ、買い物に走り、時には疲れた身体に気合いを入れて台所に立たなければならないのは、決して楽しいばかりとは言えません。

 そんなときは、毎日の食事は、大切な体作り。生活の中心ではないかと考えるようにします。それでも日によって、人によって、好きなおかずと嫌いなおかずができてきます。
好きなおかずは、食欲を増します。いただきますという声も弾みます。
でも嫌いなおかずには、みんなお箸がすすみません。好き嫌いがないにこしたことありませんが、これは味覚の問題ですからしかたありません。とはいえ、作る側からすれば、せっかく作ったのですから、どれも美味しく食べてもらいたいものです。

 これが毎日毎日繰り返されるのです。お腹いっぱいに食べても、半日もしないうちにまたお腹が減ってきます。
どうせまた減ってしまうのだからと、食べないで済ませるというわけにはいきません。

 家の掃除もそうです。どんなに綺麗にしてもすぐ汚れてしまいますが、だからといって何もしなければ、どんどん汚れ、やがて住むことも出来ないほどになってしまうことでしょう。

 考えてみれば、自然界も繰り返しの中にうまく収まっています。
春には花が咲き、秋には実がなります。その花を私たちは美しいと喜び、木の実を食べ、穀物を収穫します。繰り返しの中に、大きな大きな力をいただいて生きているのが私たちなのです。

 嫌なことも一晩の内に消え去り、朝の太陽を迎える頃には新たな力を得ているのです。御題目も繰り返し唱える中に、仏さまの大きなお力を戴くことが出来るのではないでしょうか。