三〇年前のインド仏跡参拝旅行の写真が出て来た。

初めてのインドは、とても刺激的だった。

特に忘れられないのは、サルナート考古博物館だ。

悟りを得た釈尊が最初に教えを説かれた初転法輪の地に立てられた博物館だ。三五歳の釈尊が説法している石像が収められている。

仏教美術史上最高傑作の一つだと楽しみにしていたが博物館に入って驚いた。まったく無造作に部屋の一角に置かれていたのだ。等身大を越える像に、その気になれば手を触れることもできるほどだ。

しかし端正で慈愛に満ち満ちた釈尊に直接対面できた悦びは大きく、心底有難いと思った。

ところが、その三年後に再び訪れたときには、すっかり様子が変わっていた。

同じお像が厳重なガラスケースの中に安置され、周囲は柵で囲われ、足下に近づくこともできなくなっていた。

価値の高い美術品にふさわしい展示だろうが、ガラス越しの対面には、期待が裏切られた思いがした。

 

コロナ禍の今、人と人との間もアクリル板を立てたり、ビニールシートで仕切ったり、マスクで表情が見えなくなったりで距離感が広がってしまった。

人と人とのコミュケーションが十分にとれず、疎外感や孤独感に苛まれる人が多いという。

人との交わりがあってこその人間社会だ。これでは社会も人も正常な状態を保ちがたいと懸念される。

しかし離れていても、心は障壁を越え自由に動く。

サルナートでの体験が想い浮かぶ。

ガラスケースによって妨げられた空間だがお像に向かって一心に掌を合わせた時、私は釈尊の存在をたしかに感じることができた。

人と人との関係も同様だ。

肌で触れあうことはできなくても、心の繋がりを信じ向かい合えば、きっと互いの存在を感じ合うことができるに違いない。

今も、目を閉じて念ずればサルナートの釈尊像が心に浮かぶ。

優しく微笑み、くじけるんじゃないよ、きっと乗り越えることができるから、と励まして下さるお声が聞こえるようだ。