ある山に二頭の猿の王がおり、ともに五百の猿を配下にしていたという。

ある日一方の猿王が配下の猿どもを引き連れて人里近くの村に遊びに来た。村はずれの大木に、美味しそうに熟した実を見つけた猿たちが王に尋ねた。

「王様、あの実を食べてもいいでしょうか」

「いや、ダメだ。近くの村の子供たちでさえ食べていない様子。とすれば食べられない実に違いない」

王の言葉に、猿たちは残念そうにしながらも、誰も食べずに帰って行った。

 

そののち同じ場所へ、もう片方の猿の王が配下と来た。熟した木の実を見て、

「王様、あの美味そうな実を食べていいですか。よだれが出そうです」

この王は深く考えもせず、

「お前たちが食べたいと言うなら食べるがよい」

これを聞いた猿たちは、喜んでわれ先に食べ始めた。ところがまもなく、「痛い、痛い」と腹を押さえて転げ回り、哀れにも全員が死んでしまったという。

これは『沿奈耶破僧事』と言うお経に説かれるお話しである。

 

五百匹の猿の上に立って治める立場の王には、情勢を見定めて全体の安全が確保できる道を示す責任がある。

皆が喜ぶからと、よく考えもせずに低きに流れてはならない。しかし、逆に王の判断が正しくても、誰も従わなければ、これもまた全体の安全は確保できないことになる。

上に立つ指導者の在り方はまことに難しいものだ。良薬は口に苦しと言うが、苦い思いを強いて不評を買うより、口に甘い言動のほうがどれだけ人を引きつけることができるか。

しかしそれは一時のことで、低きに流れた結果は破滅である。

それにしても苦いのはいやだ。

苦くない良薬なんてあるのだろうか。

 

ある。

 

それが『諸経の王』たる法華経だ。

仏は私たちを正しい道に導くためこの世に出て来られた。

そして私たちのために残しおいて下さった「良薬」が法華経なのである。

色も香りもよく美味なる良薬だと説かれている。是非味わって欲しい。