仏教行事は、インドや中国から伝わったものが多いが、春秋の彼岸会だけは日本固有の行事である。

春の彼岸は、これから日一日と昼の時間が長くなり気温も上昇してくる。

そしてまもなく桜の開花も近づき、明らかに自然が私たちに希望を与えてくれる。

秋の彼岸は、やっと夏の猛暑から解放され、暑い日差しに照らされる日中とは対象的に夜は月明かりと虫の音の美しい夜が次第に長くなりいつしか心が落ち着く。

 

私たちは、毎日欠かさず仏道修行を続けなければならないと思いながらも、日々の生活に追われ、おろそかになってしまうことが多い。

そこで農繁期を避け、一年の中で一番気候のよい彼岸の時期に仏道修行をおこなうのが効果的であると考えた先人たちは、一週間という一定期間を設け修行の機縁を作ったのではなかろうか。

また暑くもなく寒くもなく気候のよいこの時期からも中道の教えが兼ねられているといえる。

 

仏様は、中道の大切さを知り、楽に流されることなく、且つ極端に頑張ることを戒められている。

仏弟子ソーナ・コーリヴィーサは、足から出血するほど厳しい修行を続けた。

だが、なかなか悟りを得られず、仏様に「私には修行は不向きです」と去る決意を告げた。すると仏様は彼に向かってこう言われた。

「あなたは琴を習っていましたね。琴は糸を張りすぎても緩すぎても、よい音は出ない。ちょうどよい張り方をしてこそ、よい音が出る。

悟りに至る道もこれと同じである。怠ければ道を得られず、張りつめて努力しても悟りには至らない。人は努力する程度を考えなければならない」と。

そしてソーナはこの教えを受け入れ、やがて悟りに至ることができた。

 

彼岸は、さとりを求めて修行に励み、善行を重ねて仏の世界へ至ることを目的とする時期。

そして、その修行の功徳がご先祖や先人たちへ届きますようにと供養を行う法会が彼岸会である。無理なく長く続けることが悟りへの一歩である。