山のたより

紙と硯

「信友」の「山のお便り」欄の記事を掲載しております。

コロナ禍における
  諸行事のご案内
○竜口法難会大法要
  9月12日(日)
  午前10時半より
○宗祖涅槃会御会式
  10月18日(月)
  午前11時より
○月例法要
 ☆9月は12日竜口法
  難会を兼ねます
 ☆10月は18日御会式
  を兼ねます
 ☆11月6日(土)13時
 ☆12月11日(土)13時

コロナ禍の影響か、人との繋がりが薄れていくようです。

対面で会話ができた頃は電話やSNSで頻繁に連絡を取り合っていたのに何か特別な用事がないと音信不通の人がいます。

親しい友人や身内でも、顔を合わせれば些細なことでも話題になるのに、それがなくなってしまうと話の接ぎ穂を失ってしまうためかも知れません。

今月はお盆月です。亡くなった父母やご先祖様たちの精霊(しようりよ

コロナ禍の中で、メールやリモート会議など、コミュニケーションの手段も随分変わってきました。

それでもハガキが届くのは嬉しいものです。たった一枚の中に相手の温もりが直接感じられます。

ハガキはどこへ出しても同一金額です。また遅れることなく着きます。

でもまったく事情の異なる国もあります。私たちの当たり前がそうではない!? 

私たちは当たり前の日々に感

例年にない早い梅雨入りです。

しかも明けるのが遅くなるという予報。

大雨で被害が出ている地方もあり、気が滅入ります。

コロナ禍で制限される生活。早くいつもの日常を取り戻したいと願うのは誰しもの思いです。

ところで「いつもの日常」とは何を願っている言葉でしょうか。

考えてみれば、今日と明日とは異なるもので、いつもと言っても同じ日の繰り返しはありません。

スマホでも素晴らしい写真が撮れるようになり、桜を前にしてスマホを構える人が多く見られました。

私のスマホには何千枚もの写真が入っていますが、気付いたことがあります。

何のため撮影したのかということです。

想い出、記録、それとも人に見せるため? 

なぜ撮ったのか、覚えていないものが多くあります。

写真に収めて仕舞いにするのではなく、肉