山のたより

紙と硯

「信友」の「山のお便り」欄の記事を掲載しております。

私たちは環境に左右される所が大きい。

雄大で美しい山の景色に触れれば、日常の細々したストレスなど吹っ飛んでしまう。

逆に、ゴミの散乱する部屋では気持ちも落ち着かない。掃除は環境を整えるとともに、自身の心を浄化する行為でもある。

特に、仏前を清めることは即修行となり功徳を積むことでもある。

身の回りを清掃することにより、自身の心も清浄な

仏の心に近づいて行くのだ。 KJ

洗濯機を買いに出掛けた。様々な機種が店頭に並んでいる。全自動は当たり前で、洗濯物を放り込んだらあとは機械任せ。楽になったものだが、20年前インドへ行った時の事を思い出した。

川辺で石に洗濯物をたたきつけて洗っていた。驚いたことに、洗ったものを土の上に直置きで乾している。アルカリ性の土壌では汚れがつかないという。

さらに驚いたことには、洗い物を手に持って広げ風に当てて

お正月、食べ過ぎ飲み過ぎ肥りすぎが心配な方もいるのでは。

ところで野生動物は肥満が見られません。肥りすぎのペットと違い彼らはみな精悍な姿をしています。獲物を捕らえたライオンたちは獲物にむしゃぶりつきますが、腹八分目でそれ以上は口にしないのだそうです。

ライオンの後には残り物を待っている動物たちがいます。こうして自然界の食物連鎖が保たれており、これを崩すと結局は我が身に災いが返って

落ち葉の季節。掃いても掃いてもキリがない毎日です。木が葉を落とすのは、気温の低下とともに葉の生理活動が衰え幹と枝だけで過ごすほうが木にとって都合がいいからだそうです。

ところが落葉にはもっと大事な役割もあります。

生物はみな体内の不要物を排泄しなくてはならないのですが、植物にとって落葉がそれにあたり、不要物は葉の中に溜めて、年に一回落ち葉として排泄しているというので

 米国の有名な実業家は、毎日、自分が明日死ぬなら今何をすべきかを考え働いていたという。彼は仏教徒としても知られている。

 仏教において「よく死ぬ」事とは、法華経に生きるという信念を貫き「よく生きる」という事だといえる。

 「先ず臨終の事を習うて後に他事を習うべし」とは

日蓮聖人のお言葉だ。聖人が仏教を志された理由の一つが死とどう向き合うかという問いであったこ