山のたより

紙と硯

「信友」の「山のお便り」欄の記事を掲載しております。

 パソコンに詳しかった学生時代、友人から質問を受けた。専門用語を並べて立て板に水の如く答えたが、結局私が何を言っているのかさっぱり理解してもらえず、大変困った。

 あたりまえのことだが、言葉が通じるのはお互いが単語の意味を知っているからであり一方的な専門用語では何も伝わらない

 お釈迦様や日蓮聖人は、必ず質問の内容や相手の理解度にあわせて、分かるように話をさ

 日本語は素敵だと思う。例えば、桜は『散る』、梅は『こぼれる』、菊は『舞う』、牡丹は『崩れる』、椿は『落ちる』。花の終わり方も一つでは無い。

 しかし、咲く方は一つだけだ。昔から、日本人は終わり方にこそ美しさを感じたのかもしれない。

 世界は常に動いており、永遠に思えても、いつかは終わってしまう。でも無くなってしまうのではない。

 日蓮聖人

 「やられたらやり返す。倍返しだ!」という言葉がテレビドラマで流行っている。ドラマはスカッとして気持ちがいいが、実世界で倍返しが繰り返されたら大変な事になる。

 キリスト教では右の頬を打たれたらもう一方を差し出せと教え、「目には目を」で有名なハンムラビ法典も同害報復が限度で、それ以上の報復を禁じている。

 悪さをされても、それすら修行の糧とするのが仏教流だ。

 記録的な暑さもようやく下火になってきたようだ。下界より涼しいはずの能勢でも、暑さに弱い私には、この夏は特別きつかった。

 もう一週間もあれが続いていたら、どうなっていたことやら。お陰で生き返った心地である。

 しかし、暑い暑いと愚痴をこぼすより、まず現状を受け容れて耐えることも大事だ。

 日蓮聖人は「冬はかならず春となる」と説かれている。夏もまたかなら

 ゲリラ豪雨が各地で頻発している。豪雨も怖いが、それ以上に怖いのが雷だ。昔から地震雷火事親父と言われるが、ひとたび雷が落ちると被害は甚大だ。

 先日も雷で水道や電気、電話などのライフラインが全て止まってしまい、この先どうなるのかとぞっとした。

 今の世の中、日常的に自然の怖さを感じることはほとんどなく、自分の身に何か起こらないと、人間が自然の中に生かされてい