9月の法話 一善の小行/新實信導
「湯飲みにお茶を注いで」「次にシャモジでご飯をすくって仏器にこんもりと盛る」「御宝前にお供えするんだぞ」
私が初めて仏門に入り、兄弟子から最初教わったのが、お茶やお仏飯をお供えすることであった。信行の基本として給仕・行法・学問があるが一番大事なのが給仕であると教えられた。そして、御宝前のローソクの点火、線香を香炉に立てて、やっと朝勤が始まる。
このローソク立てやお香立て常花のことを三具足あるいは五具足といい、すなわち、仏前の供養具である花瓶、香炉、燭台を一セットとした飾り方をいう。
香、華、灯明を仏前に供えることは、インド以来の習慣であるが、三具足として一卓の上に並べ置いて供えることは中国で始まったといわれており、日本では鎌倉末期からこうした形式が行われるようになり、室町時代になると華道と結びついて仏前荘厳法として五具足の様式ができあがったという。
このように仏様にお仕えし、日々のお供えをすることは仏道修行の根幹であるが、とくに彼岸の時期である春分・秋分を中日として前後三日ずつを合わせた七日間が善行を積むのに良い時期だそうだ。
日蓮大聖人は彼岸鈔で、「この七日のうちに一善の小行を修せば、かならず仏果菩提を得べし。余の時節を知りて小善をも修ぜざらん。」とあり、彼岸の間に「一善の小行」を行えば、覚りの道に至ることができる。この時節をよく知った上で善行を積むようにと、教示されている。つまり、毎日わずかでも修行を積むことで、その徳により仏の悟りの世界に近づくことができ、とくに彼岸の時期は功徳が絶大である。
私たちが尊敬の念を持ち仏様を敬う行為は、献灯・焼香・供花・献茶・供膳などで仏様を供養する形となり表現されている。身近なところにある小さな修行こそが、気付けば大きな徳となって還ってくる。お彼岸には心を込めて仏様に供養したいものである。
