関西身延真如寺とは

大阪で唯一、日蓮聖人の御真骨を奉安している霊場です。
毎日ご祈祷やご回向(ご先祖の供養)を受け付けています。
滝行で心身を清め、心の鍛錬をすることもできます。

〒563-0121 大阪府豊能郡能勢町地黄606
TEL:072-737-0135 FAX:072-737-0448

真如寺の大屋根

ご祈祷

各お堂にて、家内安全、身体健全、社運隆昌、厄除け、合格祈願、等々ご祈願をいたします。

ご回向

ご先祖様や水子のご供養を承っております。

お滝行

年中枯れることのない当山の滝での修行のご指導をいたします。

お知らせと更新情報

  • 3月の法話 彼岸/新實 信導

    一年を通じて、いちばん日の長い日が「夏至」、短いのが「冬至」。そして、昼と夜が同じなのが、「春分」と「秋分」である。 この春分の日は、国民の祝日に関する法律に「自然をたたえ、生物をいつくしむ」日であると定めらている。 ちょうど春分の頃に今年の豊作を祈る太陽神信仰が起源となっているようだ。太陽は万物を生み育むありがたい恵み、日天子(にってんじ)である。その日天子様に今年の豊作を祈るからこそ、春分の日が「自然をたたえ、生物をいつくしむ」とされているのであろう。つまり日月、大地、すべての生き物に感謝し、豊年を祈る日なのである。 ところで、彼岸の起源は延暦二五年(八〇六年)、毎年春分秋分を中心とする七日間に、五畿内七道諸国の国分寺の僧に、桓武天皇の弟である崇道天皇(早良親王)菩提のために剛般若波羅蜜経を読経する命令が出され、以後恒例となり、これが後に彼岸会になったという。 また『源氏物語』『蜻蛉日記』『宇津保物語』等に「彼岸」という言葉が見られることから、この頃には彼岸は一般的な言葉となってきたと思われる。 日蓮大聖人の『彼岸鈔』には「彼岸とは春秋の時節の七日、信仰心をもって、善行を行えば、生死の此岸から苦界の蒼波をしのぎ、菩提の彼岸に至る時節である。ゆえにこの七日を彼岸という」とある。さらに、「この七日のうちに一善の小行を行えば、必ずや仏様の功徳が得られる。他の時期に日夜功労をつくすよりも、彼岸の一日に小善を行うことで大菩提に至ることができる。この彼岸の時期を知り小善を行うのが大事である」 春秋彼岸の時期に「一善の小行」を行うこと。すなわち、「一善」という法華経の信仰を持ち、善行を行う事を勧められている。ご先祖様やお世話になった方々の供養もしかり、何よりも仏様に法味を言上し感謝の意を捧げ、善行の決意を実行するところにある。
  • 3月の法話 説の如く修行すべし/中沢 勇輝

    「如説修行」は勧持品・随喜品・神力品・陀羅尼品勧発品などに説かれているが表題のように訳されている。では、説の如くとはどのようなものなのかといえば、受持・読・誦・解説・書写の五種法師と呼ばれるものだ。 功徳の多さでいえば「法蓮抄」を解釈すると順序に従う通りであり、受持が最多であるといえる。 受持とは受と持に分けられる。受とは受けること、信心を始めることとなる。 持とは持つこと、信心を継続することとなる。また大智度論にいわく、「信力のゆえに受け念力のゆえに持つ」とあり、信心継続には思い続け忘れないようにする努力が求められている。また「諸願成就鈔」にいわく、これを精進と呼ぶ。 つまりは、法華経を信心し、書写し、伝え、そらんじ、読み、信心を継続することが説の如く修行することになるだろう。またそれにもまして重要な修行というものは南無妙法蓮華経と唱えることだ。唱題行は先に挙げた五種法師の功徳にも勝っている。 すなわち、「法華題目鈔」にいわく陀羅尼品「法華の名を受持せん者福量る可からず」や正法華経の総持品「もしこの経を聞いて名号を宣持せば徳量る可からず」、添品法華経の陀羅尼品「法華の名を受持せん者福量る可からず」といった経文を挙げている。 同鈔には続けて法華経一部八巻二十八品六万九千三百八十四文字を全て受持し、読誦し、随喜をもってこれを護持していくことを「広」の修行と呼び、方便品・寿量品等を受持したり、護持することを「略」の修行と呼び、神力品の結要付属、すなわち「以要言之」から「宣示顕説」までの釈尊から上行菩薩をはじめとした地涌の菩薩に法華経を仏滅後に弘通することを託された四十四文字の経文や題目を唱え、唱える行者を護持することを「要」の修行と呼び、題目だけを唱えることを「要の内」の修行であると読んでいる。 このことを我々は受けとり法華経や祖師の教えの通りに「説の如く修行」していかなければならないだろう。
  • コラム 結びにかえて

    これまで法華経が成立した背景について概観し、法華七喩について解説してきました。この法華七喩は、一仏乗(この世の全ての生物は悟りの境地に至ることができる)の教えを一般の人々にわかりやすく説くための譬え話でした。 法華経では、日常の仕事があり修行だけに身を投じることが難しい在家者であっても、永遠の真理としての釈尊を信仰することで、悟りに至ることができると説かれています。 修行よりも何よりも信仰が一番大切なのです。そして中国を経て日本へと伝わったこの法華経に絶対の信を持ち、宗派として確立させたのが我が日蓮宗の祖、日蓮聖人です。 今号にて、この連載を終了いたします。皆様の法華信仰の一助となれば幸いです。二年間のご愛読、誠にありがとうございました。(栗原啓文)
  • 3月のお便り

    私たちは環境に左右される所が大きい。 雄大で美しい山の景色に触れれば、日常の細々したストレスなど吹っ飛んでしまう。 逆に、ゴミの散乱する部屋では気持ちも落ち着かない。掃除は環境を整えるとともに、自身の心を浄化する行為でもある。 特に、仏前を清めることは即修行となり功徳を積むことでもある。 身の回りを清掃することにより、自身の心も清浄な仏の心に近づいて行くのだ。 KJ