8月の法話 怨親平等(おんしんびょうどう)/倉橋観隆
八月といえばお盆ですが忘れてはならないのが七十一年前に人類未曾有の大戦が終結した月でもあることです。戦争は人間を悪鬼に変える恐ろしさを持っています。しかし、その中にあっても決して仏の心を無くさなかった軍人も大勢おられました。駆逐艦「雷(いかずち)」工藤俊作艦長もその一人でした。
昭和十七年二月二十七日ジャワ島沖で日本海軍と米英連合艦隊とが戦闘となり、その中、英海軍駆逐艦「エンカウンター」が沈没しました。翌日、エ号の乗員が生存限界に達したところを「雷」に発見されました。英兵たちは機銃掃射されると覚悟したところ、「雷」は即座に救助活動中の国際信号旗を掲げ生存者四百二十二人全員を終日かけて救助しました。ロープや縄ばしご、竹竿を差し出す者。中には海に飛び込み負傷者を救助する者。甲板では油と汚物にまみれた兵士を嫌悪せず体を丁寧に洗い流し、衣服や食料、更には自分の下着まで提供する兵士もいました。更に工藤艦長は士官全員を集め、英語で健闘を称え「貴官らは日本帝国海軍の名誉あるゲストである」とスピーチし救助者全員に友軍以上の丁重な処遇をしたそうです。
戦闘地域での救助活動は大きなリスクを負うものです。敵からの攻撃の危険性が高まると共に負傷者手当や乗員の増加により戦闘能力が著しく低下する為、味方の救助すら最低限に止める事が大半だそうです。それにも関わらず工藤艦長は敢えて行ったのです。
救助された一人に戦後外交官として活躍したフォール卿という人がいました。彼はこの体験を「武士道」と呼び国内外で講演し称えたそうです。そして、来日しこの出来事を知らなかった工藤艦長の家族に伝え、彼の墓前に額づき改めて感謝を述べたそうです。
この「武士道」と呼んだ心こそ、敵味方を区別せずみな人として等しく慈しむ仏様の「怨親平等」の心です。お題目を頂く私達の心に留めなければならないお話ではないでしょうか。