9月の法話 ジレンマを越える/植田観肇


 スペインのバスク地方にサン・セバスチャンという世界的に美食で有名な町がある。しかし昔から有名だった訳ではなく、十年程前は、あまり知られていない小さな町だったという。

 人口も財政も少なく観光の売りもなかったこの町が世界一になったのは、それぞれのレストランがレシピを囲い込むのではなく、お互い得意料理を教え合ってより高みを目指すようになったからだという。

 普通に考えると、自分の店が地域で一番人気があるとすれば、そのお店はお客を独占したいだろうし、競合他店と差をつけている部分を失うことは自分の首を絞めることにつながると考えてしまう。

 しかし、もう少し広い視野で見ると全く違った景色が見える。例えば、たった一軒のお店が人を集めるのは限界があるし、一番人気の料理がいつまでも人気があるとは限らない。また、他の街にもっと美味しい料理店があると評判になればその街自体に人が来なくなり全体のパイ自体が小さくなってしまう。

 逆に、街全体に美味しい店がたくさんあると評判になれば、一軒だけでは集められないほどの人を呼び込むことができるし、新しい料理のアイディアも浮かびやすくなり人気の料理が出てくる可能性が高まる。結果として、サン・セバスチャンは美味しい料理を求めて世界中からお客さんがやって来るようになった。

 さて、仏教では菩薩行と言われる行がある。仏教は最終的に苦しみから解き放たれた仏の世界を目指すのが目的だ。しかし、その中でも自分だけが苦しみから逃れられればいいと考える人もいる。菩薩行とは、それに対して、皆で仏を目指そうとする行動のことだ。

 自分のことだけしか考えない狭い世界では、自分がひとり勝ちしているように見えても、大きな視点では敗者への道を歩んでいるのかもしれない。

 菩薩行という視点を生活に加えることで、私たちは素晴らしい世界への一歩を踏み出せるのではないか。