9月の法話 大きな貝の物語/服部憲厚

 我が家の庭には大きな睡蓮鉢がある。

 長らく放置され、夏にはボウフラの温床となっていたので金魚を飼い、睡蓮を浮かべることにした。金魚が隠れる住処として、これまた庭の片隅に転がっていたオオシャコ貝を沈めた。

 

 この貝。三十センチは優に超す大物。地球上最大の貝といわれ、南太平洋やインド洋の暖かい海に生息するのだが、なぜ家の庭にあるのか、祖母に聞いてみたことがある。

 時は昭和十九年九月二十四日。旧日本海軍の輸送船「伊良湖」は、フィリピン・カラミアン諸島コロン湾にてアメリカ軍機動部隊艦上機の攻撃を受ける。私の祖父はまさにその時、この「伊良湖」の乗組員として従軍していた。

 ここからは我が家の言い伝えである。

 「もう駄目だろう…」祖父は急いで船の中でも一番静かな火薬庫に入るやいなや、肌身離さず持っていた大曼荼羅御本尊を壁にかけ一心にお題目を唱えて命の覚悟を決めた。その後、船は致命傷を負い大破沈没。多くの戦死者を出した。しかし、一番危険な火薬庫に攻撃の手が回らなかったことは不思議と言う他ない。

 前後不覚。祖父は命からがら泳いで近くの無人島に辿り着いたのである。しかし、水や食糧もろくにない過酷な無人島。餓死する寸前、救助の船に助けられたという壮絶な物語である。

 さて、庭の睡蓮鉢に沈めたオオシャコ貝の正体であるが、祖父がこの名も知らぬ南方の無人島から持ち帰ったものであるそうだ。

 祖父のいない今、持ち帰った理由はわからない。しかし、七十五年前にそんな事実があったことをこの貝は教えてくれるのである。

 今は庭の睡蓮鉢の底で、仲の良い金魚達の住処となっているこの貝は、きっと人間たちの犯した戦争の現実を見ていたはずである。もう二度と惨劇を見せてはなるまいとは思うが、私に出来ることは何か…。

 祖父の唱えたお題目の不思議を信じて、地球という睡蓮鉢の平和を祈ろう。