8月の法話 正直に生きる/新實信導

 偽装、詐欺、騙しなどが毎日のように新聞に報道されている。他人を騙して儲けようとするもの。金儲けのためなら手段は選ばないもの。まさに拝金主義が行き着くところといえる。

 本来、人は他人のために働き、その代償として金品を得たものであったが、いつしか、金品を得るために働くようになったと言っても過言ではあるまい。

 昔の日本では主な産業が農業であり、米や野菜などの農作物を作ることが中心であったため、自分の作業次第で農作物の出来、不出来がきまる。水の与え方、肥料の与える時期などは自分の努力次第でどうにかなるが、日照時間や降雨は、まさに天に頼むしかなかった。自然現象は自分の努力ではどうにもできない仏神のみ知るところであった。時代が移り、産業の工業化が進むと、労働力を求める社会風潮が強まり、専業農家から会社勤めに転化する人が多くなってきた。すると、会社での労働は一日何時間働いて収入を得る。よって農業のように天候に左右されなくなったが、作物の収穫量のような自分の仕事の力量は不透明になった。しかし、どんな仕事であろうとも人が生きていく上で、これだけはしてはならないことがある。殺人、騙し、盗み等がこれである。

 日蓮大聖人は、「八幡大菩薩は正直の者の頭のみ宿り、その他の所へは住まわれない。世の中に正直の人が無ければ、八幡大菩薩の住処はない。また、仏法の中で正直の御経と言えば法華経であるから、法華経の行者が無ければ大菩薩の住処はない。よってこの世間に正直者がいないため、神、ことに八幡大菩薩がこの国を捨て去り、そのために悪鬼が蔓延り世の中が乱れてしまうのである」と。つまり、私たちが正直に生きることが、神を呼び寄せ、さらに法華経を信仰することがこの国を安全にし、しかも人の心も国も豊かにすることにつながるのである。

 私たちが正直に生きれば諸天善神はこの国この全世界を守護し、人々が幸福になれるのである。