12月の法話 お題目の勤めあれば/植田 観肇

 十月末に日本列島を襲った台風二十一号。あの夜、バリバリと屋根の銅板が剥がれる音で目が覚めた。

 あの日は知人の入寺式で遠方へ出向いており、帰りの飛行機はすでに欠航が決まっていた。次の日は特に急ぎの予定も無く、留守を任せた家人からは台風の中移動するよりもう一泊してはと提案されたが、何となく虫の知らせがあり、電車で五時間かけて京都の自坊に帰り着いた。

 京都には長く住んでいるが大きな台風の被害には遭ったことが無く今回も大丈夫とたかをくくっていた。ところが、夜中の一時頃、変事が起きた。

 外へ出て懐中電灯で照らすと、本堂の北側の屋根が次から次へと剥がれていくのが悪夢のように見える。すぐに本堂へ戻り急いでご本尊や日蓮聖人のお像や過去帳に仏具などを反対の机の上に移しブルーシートをかける。続いてお塔婆やお札、果ては建具に畳も全て移動させた。その間も次々に屋根が剥がれ、夜が明ける頃には北半分は家の中なのに傘なしでは歩けない状態となった。

 五日後の月例法要を考えると、絶望的な気持ちで朝を迎えた。

 まず大工さんに連絡すると、忙しいにも関わらず、すぐに応急処置のシートをかけて下さった。また、幸いなことに剥がれた屋根は人も物も何一つ傷つけること無く地面に落ちていた。

 数日後、雑巾で床を拭き台風一過の爽やかな空気で乾いた本堂に仏具を運び込みふと見上げると、まるで何事も無かったかのような穏やかな本堂で、日蓮聖人が温かくほほえんでおられるように感じた。

 私たちはご祈祷の最後のご祈願で「大難は小難に小難は無難に」と祈る。自然災害は誰にも止めることはできないが、これだけの被害があったにも関わらず、無事に日常を過ごせている事に、言葉にならないご加護を感じた。伝教大師曰く「家に讃教の勤めあれば七難必ず退散せん」と。このような気持ちで日々歩んでゆきたい。