10月の法話 御馳走/服部憲厚
妻が妊娠した。待望の第一子。毎日飛び上がって喜ぶ私の横で、妻は出産に向けての準備に余念がない。
ある日、妻が真剣にメモ帳に何かを書き留めていたので覗いて見た。準備物のリストかと思いきや、そこには「出産までに行きたいお店のリスト」が列挙されていたのである。
なるほど、確かに出産の後では夫婦でゆっくり食事を楽しむ時間も限られる。
というわけで、夫婦二人、暇を見つけてはリストのお店を虱潰しに東奔西走し、御馳走に耽った。
名店のフレンチは美味だった。知る人ぞ知る天婦羅屋はサクサク。老舗和菓子屋のスイーツには唸った。
そうして、妻も私もお腹がすこぶる大きくなり、外食を控えるようになった頃、近所でウーバーイーツが走り始めたのである。
この今流行りの宅配サービスは、スマホ一つで手軽に様々なお店の御馳走を、我が家に届けてくれた。
そして、妊婦検診の日。妻が肩を落として病院から帰ってきたのである。
お医者様から「御馳走を食べ過ぎたのかな?体重が増えすぎると出産のリスクが高まりますよ!」と小言を言われたのだとか…。
私の母は「昔は体重制限なんてなかったよ」と心配したが、最近は、昔に比べ妊婦の体重制限がとても厳しいそうである。
きっと昔より、体重が増えすぎて、リスクを負う妊婦さんが多いのだろう。
今はそれほど御馳走が世に溢れている。妊婦に限らず老若男女が栄養過多という人類史上経験したことのない時代。恵まれ過ぎた環境は、私たちの「食」への感覚を麻痺させてしまう。
食べ物は、すべて尊い命であること。そして世界の誰かが、育て、調理し、運んでくれたからこそ食べられるということ。
御馳走を前にすると、そんな当たり前のことを忘れてしまう。だからこそ、毎食ごとに声を出し「頂きます」「御馳走様でした」の感謝の手を合わせたい。
来月産まれ来る我が子にもまずはこれを教えよう。