1月の法話 笑う門には福来たる/日慧

新年にあたり昨年を振り返ってみると、様々な出来事が浮かんできます。

コロナに翻弄されたような一年でしたが、それでもとても楽しいことがありました。

それは誕生日を祝ってもらったことです。

 

誕生日というと、子供の頃の想い出しか浮かびません。

近年は自分の誕生日なのに、その日になっても忘れていることがしばしばでした。

ひとつには、一年一年と齢とることを、何か自身の老化を客観的に見せつけられているような、何となく不愉快な気分になっていたためかも知れません。

ところが昨年の誕生日には、思いがけなくたくさんのお祝いのことばを戴きました。

家族だけではなく、従兄弟や古い友人知人等々からも電話やメール、SNSを通して続々と祝辞を寄せてもらいました。

正直なところ、やはりとても嬉しかったです。

 

年齢に関係なく、子供の頃と変わらぬその悦びの中で改めて気付いたことがありました。

一つは今こうして悦びに浸ることができるのは父母・ご先祖そして見守って下さる仏祖三宝のおかげだという感謝の気持ちです。

二つ目は、悦びを共にしてくれる人がいたのだという思いです。

何をもらったというわけではない、ただお祝の言葉をかけてもらっただけのことですが、私と一緒に喜んでくれる人がいるというのはとても気分の良いものです。

 

お経には「慈悲喜捨」という語句が説かれています。

他と共に生き、他と共により良い人生を生きようという、私たちの心の持ち方を説いたものですが、「喜」とは他の喜びを自身の悦びとして共に悦びを楽しみましょうということです。

自身の悦びは独り占めせず、また他人の喜びは妬むのではなく共に祝う。そんな心が世界中に広がれば、争いもない平和な世が実現することでしょう。

悦びの笑顔は心を豊かにするだけではなく、免疫力を高めることも実証されています。

笑顔でコロナに打ち勝ち、より良い社会を築き上げましょう。