コラム 十二支縁起⑤

「有」で現れた業(カルマ)が元となって新たな業が現れます。 これが「生」です。 例えば、①嫌味を言われる(感受して不快に思う「受」)②腹が立つ(三毒の怒りの煩悩…

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コラム 十二支縁起④

「愛」が何度も繰り返し起こることで、対象に、より強く執着するようになります。これが「取」です。 「取」の種類として、①欲取(欲望の対象への執着)②見取(誤った見…

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コラム 十二支縁起③

「六処」(眼耳鼻舌身意)が外部情報に触れて認識が生まれることを「触」と呼びます。 そして感受された対象は、心地の良いものと悪いもの、そのどちらでもないものの三種…

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コラム 十二支縁起②

さて、今回からは十二支縁起についてもう少し具体的にお話しします。 十二支縁起は以前お話しした「四聖諦」(苦集滅道)の中の「集(じつ)諦(たい)」(苦が発生する原…

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コラム 十二支縁起

激しい欲求(渇愛)が執着を生み、それが原因で思い通りにならないこと(苦)が生じます。 この因果関係を知らずに欲望のままに生きることが根本的な無知(無明)です。そ…

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コラム 渇愛と無明

様々な欲望が執着を生み、苦を引き起こすと考えられるので、この欲望を制御することが、仏教の実践的なテーマとなります。 仏教では、欲望の背後には、喉の渇いた者が激し…

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コラム 縁起 

存在のあり方の特質に関して仏教では独特の把握の仕方をしました。 その理解の原理を「縁起」といいます。 「縁起」とは、あらゆるものは他のあるものに縁って起こる(依…

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コラム 三昧

大乗仏教における菩薩の修行として利他行と並んで重要視されたのが「三昧」です。三昧は、心を平静に保ち、一つの対象に精神を集中させる修行で、釈尊の時代から出家者にと…

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コラム  方便

大乗仏教の利他行を実践するためには、難しい理論ではなく、実践的な方法が求められます。 釈尊は、救いを求める人々の理解力や苦悩の現実に即して、その人にとって最も的…

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