1月の法話 法華信仰に生きた頼次公/日 慧

 初春を迎えてご挨拶申し上げます。本年もよろしくお願い申し上げます。

 さて本年は午(うま)年(どし)。馬は古来仏神に奉納すると、絶大な御利益を得ることができるといわれ、妙見山上境内には銅像ですが八(はつ)神(しん)馬(ば)が祀られています。

 妙見大菩薩は、当山の開基である領主能勢頼次公が帰依し武運の長久を願ったことから、武将の乗り物である馬との縁が特に深いものとされています。

 能勢家は多田源氏の鼻祖満仲公以来の家柄を誇っていましたが、戦国時代のこと、二十三代頼次公にいたって、明智光秀に加担して織田信長を討ったことから豊臣秀吉に追われて岡山の妙勝寺という先祖の建てたお寺に隠れました。

 その時法華経の教えに触れて深く帰依しました。そしてその功徳効験があって不思議にも仏縁を得て徳川家康に旗本として仕えることとなりました。やがて関ヶ原の戦いの後、徳川幕府からもとの能勢領を再び領地とすることを許されたのです。

 旧領に復帰することができた頼次公、そして旧領主を迎えた能勢の領民たち。共にその喜びは誠に大きいものであったといいます。 喜びの中、今の喜びを得ることができたのも法華経のおかげだとの思いから、後の日蓮宗総本山身延山久遠寺第二十一世となった寂照院日乾上人を御開山として真如寺が建てられ、また能勢家代々の武運長久開運隆昌を願って当時為楽山と呼ばれていた山の上に妙見大菩薩が祀られることとなりました。これが現在の日蓮宗霊場能勢妙見山です。

 能勢頼次公は寛永三年(1626)一月十八日、その波乱に富んだ六十五年の生涯を閉じられました。

 法名清素院殿窓月日輝大居士。本年は没後四百年目に当たります。

 戦乱の世の中に生きながら戦いを好まず、他を苦しめることなく誰もが喜び楽しみを分かちあえる世の実現を目指した人でした。世情不安定な現在、大いに見習いたいものです。